風土を知る

『南洋のソングライン』(著:大石始)ー島々の見え方を変える海

琉球文化圏ではない屋久島の古謡「まつばんだ」に琉球音階の節が含まれているのはなぜか?その問いの答えを追ったノンフィクションの書籍が、屋久島にある唯一の出版社キルティさんから2022年11月に発刊されました。

3年がかりのフィールドワークを通じて浮かび上がっきたのは、海を介するはるか与那国島から鹿児島本土までの人々の往来。それは時によりよい漁獲を求める漁師であり、時に黒糖などの交易に従事する商人・輸送者の歴史でした。

問いの答えを目指して探偵のように一歩ずつ進んでいく筆致は、まるで一緒に謎解きをしているかのような臨場感があり引き込まれます。

筆者である大石さんが本書執筆のため初めて屋久島を訪れたのは、新型コロナの影が忍び寄っていた2020年2月。実はちょうど2週間後に、私自身も筆者と同じ平内に泊まり屋久島を訪ねていました。

その後コロナの状況を見ながら進めざるを得なかったフィールドワークや、文化を切り取って伝えることへのためらい、搾取につながらないかという恐れなど、個人的に共感するところがとても多く、勝手ながら他人事とは思えない一冊だなと感じています。

保安検査場に全く人が並んでいない2020年2月29日の鹿児島空港。

本書を読んでイメージが大きく変わったことが2つあります。

その1つ目は、海を介した往来が盛んだった頃の時間距離が、今とはかなり違っていそうだということ。飛行機での移動が圧倒的に早い現在では、直行便が運航していない島と島の間はとても遠くに感じられます。
でも本書で描かれている海を活発に行き来する人々の姿からは、沖縄と屋久島・鹿児島本土は、今の私たちよりよほど近く感じられていたのではないか、という印象を受けます。

そして2つ目は、屋久島にとって、海は外から新しい人や文化・情報、獲物をもたらしてくれる恵みの存在としてあったのではないかということです。
屋久島というとどうしても圧倒的に山のイメージがあります。しかし本書でも繰り返し触れられる通り、屋久島の山は島の人々に近寄りがたい聖域と捉えられていました。
それに対して海は外に開け、行き交う人々が新しい情報や文化を伝える窓口になりました。また黒潮が運んでくる漁獲の豊かさは、他所から魚を追いかけやってくる漁師に頓着せずに済むほどのものであったそうです。

集落の背後に不動にそびえ立ち畏れの対象となる山と、前面に開けもたらす存在の海。山だけではなく、対比的なこの両者の存在が屋久島の風土や環境文化の醸成に関わっていたのではないかー本書とともに南洋のソングラインを追いながら、そんなイメージが膨らみました。

文化、芸能、歴史、自然観と南西諸島のいろいろな『読み』ができる本書、ぜひひも解いてみてください。

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