風土を知る

首里の馬(著:高山羽根子)-街に埋め込まれた記憶

2020年第163回芥川賞を受賞した本作品。書籍情報のあらすじはこんな内容で紹介されています。

この島のできる限りの情報が、いつか全世界の真実と接続するように。沖縄の古びた郷土資料館に眠る数多の記録。中学生の頃から資料の整理を手伝っている未名子は、世界の果ての遠く隔たった場所にいるひとたちにオンライン通話でクイズを出題するオペレーターの仕事をしていた。ある台風の夜、幻の宮古馬が庭に迷いこんできて……。

元外国人居住地、コールセンターでの仕事、直撃する台風のやり過ごし方など、沖縄の要素が作品中にそれとなくちりばめられている小説でした。

著者の高山羽根子さんはもともと美術大学で絵画を学んでいたというバッググラウンドをお持ちで、SFの小説も手掛けていらっしゃる方です。
主人公の未名子が馬に乗って早朝の街を歩くなど、現実にはなさそうなシーンであっても絵的な筆致で情景を描き出されているのにはそういう背景も関係していたのですね。

高山さんが本作を執筆することになったきっかけは、沖縄旅行中に偶然目にした案内板で琉球競馬と宮古馬のことを知ったことなのだそうです。
誰かが研究し聞き取りをして残してくれたからこそ、自分はそのことに出会えた。
本作の舞台になった場所も、訪ねれば訪ねるほど人々の情報を記録しておきたいという気持ちを感じた。

だから、困難な時に備えて情報の蓄積を埋めておきたいという気持ちで書いたのが本作なのだそうです。

折しも本作執筆中の2019年10月31日、首里城の正殿をはじめする9施設が火災によって焼失しました。高山さんはそのまま書いていいか迷ったそうですが、先の思いもありそのまま書き残すことに。本書では首里について下記のように記述されています。

首里周辺の建物の多くは、戦後になってから昔風に新しく、作られたものばかりだ。こんなだった、あんなだった、という焼け残った細切れな記憶に、生き残った人々のおぼろげな記憶を混ぜ込んで、再現された小ぎれいな城と建物群は、いま、それでもこの土地の象徴としてきっぱりと存在している。

(P4)


物語の終盤、とても印象に残った一節があります。

この島には途切れた物語が多すぎた。

(P152)

沖縄に降りかかってきた、そしてともすれば今なお頭をもたげてくる幾多の困難を思い起こさせる表現にはっとしました。

焼失した首里城の復元は2026年の予定です。
今ある街並みに、島が辿ってきた歴史や人々の記憶が混ぜ込まれていると心に留めながら、首里の街を歩いてみたいと思いました。

首里の馬(著:高山羽根子)

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